Ⅰ
人間の移動は、社会の変動をもたらす大きな要因のひとつである。例えば三~五世紀と一〇~一三世紀には、それぞれユーラシア全体にわたる大きな変動が、民族の移動によって起こった。また、一五世紀末以降においても、ヨーロッパ人の海外進出によって、世界各地で変動が起こっていく。これらに関連して、以下の問いに答えなさい。
問一
一一・一二世紀のセルジューク朝では、世襲所領の拡大が認められる。どのような性格の所領であったのか、五〇字程度で説明しなさい。
問二
(1)
一〇世紀以降に中国を支配した異民族王朝を、それ以前の五胡十六国時代の異民族王朝や南北朝時代の北方系諸王朝と区別して征服王朝と呼ぶことがある。征服王朝は、それ以前の異民族王朝とどのような点で異なるのか、五〇字以内で説明しなさい。
(2)
一三世紀以降に成立した二つの征服王朝を取り上げ、中国文化に対する姿勢の相違について一〇〇字程度で説明しなさい。
問三
一八世紀末から一九世紀前半のインドでは、産業構造や貿易構造が大きく変動した。変動の内容とその背景を、一八世紀後半以降のヨーロッパ・東アジアとも関連させて、二〇〇字程度で説明しなさい。
Ⅱ
問一
次の問いに答えなさい。答え(A)~(E)は解答欄の枠内に記入しなさい。(a)~(e)は(f)の例に従って、解答用紙の地図上に位置を示しなさい。
(1)
バビロニア王国(ハンムラビ王朝)の首都の位置(a)を示し、この王国を滅ぼした民族名(A)を答えなさい。
(2)
前九世紀に植民都市カルタゴを建設した民族名(B)を答え、カルタゴの位置(b)を示しなさい。
(3)
ペルシア戦争後、ギリシア人がデロス同盟と並行して組織した同名組織名(C)を答え、その指導国の位置(c)を示しなさい。
(4)
前三三三年、アレクサンドロスの軍隊がダレイオス三世の軍隊を破った地点の名称(D)を答え、その位置(d)を示しなさい。
(5)
八世紀はじめのイスラムの侵入によって滅ぼされた西ゴート王国の首都の名称(E)を答え、その位置(e)を示しなさい。
問二
中欧の一都市に関する以下の三つの文章を読んで傍線部についての設問に答えなさい。
A
一九六八年、この都市を首都とする社会主義連邦共和国では自由化と民主化を求める運動が高まり、(イ)体制の改革が進められたが、(ロ)ソ連は軍事介入によってこれを阻止した。
B
一五世紀にこの都市の大学の神学教授であった人物は、(ハ)イギリスの神学者の思想を引き継いで教会改革を訴えたが、(ニ)当時開かれていた公会議(宗教会議)で有罪とされ、処刑された。
C
一七世紀にこの都市を中心に起こった反乱は、(ホ)長期にわたる戦争の幕開けとなった。
(1)
傍線部(イ)の改革を推進した共産党第一書記の名前を答えなさい。
(2)
傍線部(ロ)の介入を行ったソ連の最高指導者の名前を答えなさい。
(3)
傍線部(ハ)の神学者の名前を答えなさい。
(4)
傍線部(ニ)の公会議(宗教会議)の名称を答えなさい。
(5)
傍線部(ニ)の公会議(宗教会議)開催の主要な目的は何か。一〇字以内で答えなさい。
(6)
傍線部(ホ)の戦争について、その名称を書き、さらにその背景、原因、参戦した諸勢力、戦争の結末や影響を三〇〇字程度で述べなさい。